日記・コラム・つぶやき

謹賀新年

旧年中は格別のお引き立てを賜わり、厚く御礼申し上げます。

富岡八幡宮へ初詣に行きました。お参りを済ませて、おみくじを引いたところ見事『大吉』。

標題の歌がまた泣かせます。

「海原に 船出をせんと 月待てば 潮も満ちきぬ いざ漕ぎ出でん」

この歌は、もともと額田王の歌

「熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」

だそうです。

熟田津(にきたつ)で船出をしようと月を待っていると、潮の流れがよくなってきた。さあ、今こそ漕ぎ出そう…という意味だそうですが、わがあかつき鑑定も今年は飛躍の年になるのでしょうか?

いずれにしましても、幸先のいい元日となりました。

クライアントの皆様のお役に立てますよう、一生懸命努めますので、本年もご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

Akatsukilogo   

不動産鑑定士 四方田 修

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軍事境界線

昨日、「北朝鮮が韓国砲撃」という、ニュースが飛び込んできました。

被害状況や攻撃の政治的背景等は、これから徐々に明らかになってくると思いますが、すぐお隣の国で起きた戦争の恐怖に、国内にも戦慄が走りました。

ここは不動産鑑定のBLOGですので、政治的な話は置いといて、このニュースの中に出て来る「軍事境界線」なるものに着目してお話ししたいと思います。

「軍事境界線」・・・聴き慣れない言葉です。「国境」という言葉でしたら、よく耳にすると思いますが、大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は1953年に朝鮮戦争休戦協定により、休戦状態にあるものの、未だ戦争中で、両国の国境は定まっていません。・・・ですので、両国間で、取りあえず休戦している間は、この線までは実効支配していいですよ・・・というのが「軍事境界線」です。北緯38度線付近にあることから「38度線」と呼ばれていますね。

日本は、四方を海に囲まれているため、「国境」というものの概念すらあまり強くはありませんが、陸上で国家同士が接している場合、単純に線を引いて、「ここまでがあなたの国ね・・・」ということでは、境界線の管理が十分に出来ません。そこで、軍事境界線の周囲には、南北に幅2キロメートルずつ(計4キロメートル)の非武装中立地帯(DMZ:Demilitarized Zone)が設定されています。

このDMZが、両国間の緩衝地帯になっているのですが、休戦協定後も銃撃戦などの小競り合いが度々起こっているそうです。このDMZには、亡命者の往来を防ぐために、無数の地雷が埋設してあり、今では、ほとんど人間が立ち入ることのない深い森になっています。皮肉なことに、こうして出来た手つかずの自然が、渡り鳥の格好の休憩場所となっており、現在では世界にも稀に見る野鳥の宝庫なのだそうです。

DMZ内には許可なく入ることは出来ないことになっていますが、なんとこの中に入ることが出来る「ツアー」があり、私も以前韓国を旅行した際に参加したことがあります。ソウル市内の旅行代理店で普通に扱っており、昨日の事件のようなことで両国間が緊張状態になると中止されます。

もちろん、中を自由に歩き回ることはできませんが、南北が実務協議を行う軍事停戦委員会本会議場がある共同警備区域 (JSA:Joint Security Area)や、DMZのすぐ外側にあり、鉄条網を張り巡らして一般人の立ち入りを厳しく制限している民間人統制区域等を実際に見ることが出来ます。

民間人統制区域は、韓国側が自主的に設けた地域で、もちろん地雷も敷設されていませんが、韓国軍や米軍の兵士が多数駐留していて、ここにも戦争の匂いが漂います。

この民間人統制区域においても、大雨で流されて来たDMZ内の地雷等により、被害に逢う人が後を絶たないとのこと。しかし、こんな過酷な環境でも住む人がいるんだそうです。多くは、戦争前からそこに住んでいた人ですが、戦後「屯田兵」のように開拓された土地もあるそうです。

不動産鑑定の目線で見ると、土地を民間人が所有し利用している以上、不動産の経済価値は発生しているわけで、こういう土地にも「価格」はあるはずです。これらの土地を鑑定するとしたら、これらの土地を分析するための「価格形成要因」って、すごいでしょうね。「地雷が流れて来るリスク」とか、「安全地帯への距離や移動手段」とか・・・。(「地下埋設物」も、埋まっているものがちょっと違ったりして・・・。)

今回の砲撃戦の舞台となった「延坪島」も、海上の軍事境界線に程近い島で、常に戦争の脅威を感じていたはずですが、それでも約1,600人の住人が住んでいたといいます。

早くこの島に平和が訪れて、安心して生活できるようになることを祈ってやみません。

Akatsukilogo

不動産鑑定士 四方田 修

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日本の住宅

タレントのタモリさんが古地図を片手に街を見て歩く番組、NHKの「ブラタモリ」。

バラエティでありながら、毎回ゲストに専門家を呼んで、「街」を地理的歴史的な観点からも取り上げる教養番組に仕上がっており、毎回楽しみに観ています。

これまでは「上野」や「銀座」といった「街」をテーマにしていましたが、今回は「日本の住宅」ということで、「根津の長屋」「旧岩崎庭園」「旧安田楠雄邸」「光が丘団地」「旧東京市営店舗向住宅」といった日本の住宅を特徴付ける5つの住宅を巡りました。

1軒目の「根津の長屋」。先日、「現代の長屋」という題で、緩やかに隣家とつながっている住宅のあり方について、BLOGの記事を書いたばかりですが、「ブラタモリ」でも建物の構造的な部分より、隣近所との付き合いなどの隣家との人間関係に焦点が向けられていましたね。火事の多かったお江戸東京に、いまさら同じような長屋を作るのは不可能ですが、ああいうお隣との垣根が低い家というのは、出来ないものでしょうか?

「階段を上がる音で、お隣のお爺ちゃんの機嫌がわかる」とか、「体を乗り出して、お隣さんにお醤油を借りる」なんていう御近所でしたら、「孤独死」なんて言葉は使わないで済むのですが…。

旧岩崎邸は、言わずと知れた三菱グループの創業家のお屋敷。こちらは、ちょっと「住宅」とは思えない華々しさでした。建物間を結ぶトンネルは、なかなかスケールが大きかったですね。

「旧安田楠雄邸」には、実は2度行ったことがあります。奥のお座敷で50名限定で古典落語を聴く会でした。番組でも話題になっていた玄関ですが、本当にお客様のことを考えた造りになっていて、上がった左手にちょっとした畳の部屋があって、従者や運転手が休むことが出来るようになっています。さらに奥へと進むと、立派な洋風の応接があり、大正時代らしい和洋折衷の様式を楽しめます。カーテンをはじめとする調度品は当時のものが残っていて、まさに大正の歴史を受け継いでますね。その時、高座に上がった古今亭志ん五師匠が、先日お亡くなりになって、ここは師匠の落語を聴いた最後の場所になってしまいました(合掌)。

「光が丘団地」は典型的な2DKの間取り。丁度、昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期、急速な人口増加に増加するために、東京近郊にはたくさんの共同住宅が出来ました。以前勤めていた鑑定会社で、公団住宅の評価のために、都内にある賃貸住宅を100軒以上見て回わりましたが、光が丘団地のような造りの団地が、都内にはまだまだたくさんあります。これらは今、築後40~50年を迎え、そろそろ大規模な修繕工事や建替工事が必要な時期を迎えています。この建替えがなかなか進んでいないんですよね。特に建物が区分所有になっているものについては、建替えに当たって5分の4以上の賛成による決議が必要な上、住民も高齢化していて、新たな出費を必要とする建替えには消極的だったりします。番組ではそういった問題には特に触れませんでしたが、これから大きな社会問題になる可能性を秘めています。以前、国土交通省の方にお話を伺う機会があったのですが、かなり憂慮されていました。

最後の「旧東京市営店舗向住宅」は、我が家から歩いて10分程のご近所。清澄庭園と清澄通りに挟まれた一角にある年季の入った建物で、以前から気になっていました。しかし、これが昭和初期の建物だったとは驚きました。しかも、今でも当時の方々がお住まいになられているのですね。一部の建物は、美味しいケーキを食べさせてくれるおしゃれなカフェに改装されいて、結構流行っているようです。裏手の清澄庭園も晴れた日に、日がなぼーっと過ごすのに最適な場所ですし、ちょっと歩いたところにある「深川江戸資料館」には、江戸時代末期、天保年間頃の深川佐賀町の町並みを想定復元した「情景再現、生活再現展示」があって、当時と同じ間取りの長屋等、江戸情緒に触れることが出来ます。なかなかオススメのスポットです。

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不動産鑑定士 四方田 修

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現代の長屋

最近、コーポラティブ・ハウス、シェア・ハウス、コレクティブ・ハウス等といった言葉をよく聞かれるようになりました。差し詰め「現代の長屋」とでも言いましょうか?

個人のプライバシーが重視される昨今ですが、その弊害として「孤独死」等という新しい言葉も生み出されてしまう世知辛い世の中になってしまったようです。

そんな中、敢えて「一緒に住む」または住まいの共有部分を増やし「ふれあいの場」を作ることを求める動きが、徐々にではありますが出て来ました。

私は、学生時代に学生寮に住んでいました。

二人部屋、共同浴場、食堂、洗面所、自炊室、洗濯場等々・・・。

学生運動が盛んになる前の設計なので、共有スペースが多かったので、プライバシーはかなり緩い生活でした。

これが嫌なのでしょうか?普通、お金に余裕のある人は寮生活をしようとは思いませんし、一旦入寮しても、隙あらばお金をためて寮を出ようとしていた人が多かったのも事実です。

しかし、一年もすると寮から出ようとする人は減り、2年も住めばその居心地の良さに気付き、ほぼ全員が最後(卒業または退学?)まで住み続けていたように思います。

実は、みんなで一緒に住むのって楽しいですし、ひとり住まいと比べて無駄(例えばお風呂とか洗濯機とか・・・)もないので、理にかなってますよね。

でも、どちらかを選べと言われれば、やはり個室が欲しいし、部屋にトイレやお風呂・シャワーが欲しい…になってしまいますので、当時は寮はあまり人気がありませんでした。(その後、長期の不況で寮は満室状態だそうですが・・・)

こんな話を聞いたことがあります。

以前、東北地方で豪雪が続き、除雪費の予算を使い果たしてしまったため、山間部のひとり暮らしの老人たちに、「山間部の道は除雪出来ないから、冬の間だけ街の中心部の施設で集まって暮らしてください。」とお願いし、最初は渋々と文句言いながら従っていたそうですが、ひと冬終わって、「さあ、御自宅に戻っていいですよ」というと、集団生活が楽しくて、そのまま中心部に住み続けたい…という人が出てきたらしいです。

人間の生きる幸せを考えると、実はみんなで暮らした方がいいのかもしれません。

数百万年にわたる人類の歴史の中で、「核家族」なんていう言葉が使われるようになってまだ数十年、ひとり暮らし世帯の「孤独死」なんて言葉が使われるようになってせいぜい数年ですから、各個人の部屋が仕切られてプライバシーがしっかり守られた生活は、集団生活を基礎としてきた「人類」にとって、実は理にかなわない生き方なのかもしれません。

でも、実際に一緒に暮らすと人間関係で摩擦を生じたりして面倒くさい・・・というマイナスイメージがあって、なかなか積極的に共同生活を推進していくことは難しいです。(かく言う私もひとり暮らしだったりしますが・・・)

仮に、コレクティブ・ハウス等に参加してみたいと思っても、持ち家をお持ちの方は、お金の問題が絡むので、なかなか前向きに話を進めるのも難しいと思います。

今後、高齢化社会が進んでいくと、老人の孤独死等の問題は急激に増えていくことが予想されます。こうした問題を解決するために、江戸時代の「長屋」のような、隣家との垣根が低い住み家はとても有効と思われます。でも市場原理に任せておくと、まずこの動きは遅々として進まないことが予想されます。(マンションの老朽化による建て替えの問題等もそうですね。)

当事者間ではなかなか難しいこうした問題を、第三者の立場でお手伝いすることはできないものでしょうか?

不動産鑑定士として、参加者の資産の価値の把握と交換比率等を示すことで、こうした動きを支援できないものか?と、思う今日この頃です。

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酉の市

今年の酉の市は、11月7日と19日。

19日は日曜日ということもあって、どこも多くの人が出ていました。

それを見越して、午前中に富岡八幡宮にお参りしてきました。

それでも七五三と重なっていたようで、境内は子供連れの家族で賑わっていました。

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富岡八幡宮の本殿に向かって左側に酉の市の入り口があります。

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ここで左側を向くと、我があかつき鑑定の奉納提灯が…。

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縁起物の熊手を買って、お参りしてきました。

あかつき鑑定も、皆様のお役にたって、繁盛しますように。

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都市と水

昨日放送されたNHK「ブラタモリ」は、「新宿水道編」と題して、東京の水道にスポットを当てた番組でした。

普段、蛇口をひねると当たり前のように水が「ジャー」と出て来ますが、過度に人口が集中している大都会東京で、これだけ安定的に、しかも飲用にも耐え得る水質で水を供給できるというのは、実はとてもすごいことなのです。東京都は、高度浄水処理100%の水道水をつめたペットボトル「東京水」を販売する等、PRに余念がありませんが、こういう番組を放映して、視聴者に直接アピールするということは、とてもいいことですね。

先週10月15日(金)に、東京都不動産鑑定士協会主催の後援会「異文化としての日本を考える」で、講師の椎名誠氏が、今後の世界を読み解く上で「水」が非常に重要なキーワードになると仰っていました。
世界の人口は2050年に90億人を超えるという推計が発表されましたが、安全な飲み水を確保できている国は少ないのが現状です。

日本は、豊かな自然に囲まれているおかげで、今のところ水に困るということはないようですが、ダム建設等による上流域の自然破壊や、林業の衰退に伴う森林の荒廃により、私たちの水を取り巻く環境は、年々悪くなってきているようです。

東京都の北西部、山梨・埼玉との県境に雲取山(標高2,017m)という山があります。東京都に2千メートルを超える山があるということに、驚かれる方もいらっしゃると思いますが、これにはわけがあります。

元々、雲取山の東斜面を含む多摩川の上流域は、山梨県に属していました。明治維新後、多摩川の上流域の山林は過度の伐採や、開墾、焼畑等が行われ、森林が荒廃し、雨が降るたびに水源である多摩川や玉川上水のの水が濁るようになり、東京の飲料水が危険にさらされます。
そこで、1901年(明治34年)当時の東京市長、尾崎行雄氏は、水源地保全のため、多摩川を囲む山地48,766haを山梨県から購入しました。当時、一面のススキ野原だった山の稜線に、大正末から昭和5,6年頃にかけて、唐松の苗木を植林し、数十年かけて現在の植生を作り上げて来ました。

奥多摩の山に登られた方は、その豊かな自然に「ここが同じ東京か?」と驚かれるのではないでしょうか。

明治・大正時代の人々の努力によって、東京の水源は守られてきたわけですが、その唐松の林も人工的に作られたものであって、間伐等の手入れ行っていかないとすぐに荒廃してしまいます。

まずは、実際に自然に触れ合い、現状を知ることから始めて、都市と水について考えていかないといけませんね。

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